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第45話 試金石

last update Last Updated: 2025-06-05 14:18:56

 このまま平穏な日々がずっと続けばいいと思っていたけれど、現実はそう上手くいかない。

 ある日の午前中、魔物の出現を知らせる伝令が駆け込んできた。

「位置は北東に六マイル。魔獣型と昆虫型の混合です!」

 伝令の声が軍団長の執務室から漏れてくる。

 ただちに出撃の命令が下されて、要塞内は慌ただしい空気に包まれた。

「軍団長」

 忙しいのを承知の上で、私は執務室に入った。

 軍団長は鎧を身に着けている最中で、目線だけを私に向けた。

「何かな。よほどの急用でなければ、帰還後にしてほしいのだが」

「私を連れて行ってください」

「……何?」

 手を止めた彼に、私は膝をついて頼み込んだ。

「私はここのところ、光の魔力の練習をしていました。でも、どうしても上手にできなくて。光の魔法が発動したのは、クィンタ隊長の傷を治したときだけです。あのときは彼の体に残っている瘴気に触れて、その存在を実感しました。だから瘴気から生まれる魔物を間近に見れば、何かが変わるかもしれないと思って」

 光の魔力は相変わらず不明瞭なまま、はっきりとした成果を上げられないでいる。

 クィンタに手伝ってもらって訓練を重ねていたが、それでも駄目だった。

 だから私は焦っていた。こんなに良くしてくれている要塞の人たちに、もう少し恩返しがしたくて。

 私が本当に聖女だというなら、役に立てるはずだ。

 あとはまあ、ファンタジー世界ならではの魔物をこの目で見てみたい、とか。

 戦っている軍団兵の皆さんとイケメンを見てみたい……とか。

 下心もちょっとはある。本当にちょっとだけだから!

 軍団長はしばらく考え込んだ。

「許可はしかねる。戦場は危険で、非力な女性を守る余裕はない。きみを守るために兵士に犠牲が出ては本末転倒だからな」

「…………」

 私は拳をにぎりしめた。その通りで反論ができない。

 やっぱり無茶だっ
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